HISTORY OF ZENTSUKEREN
沿革

はじめに ─ 70年を超える歩み
全日本漬物協同組合連合会は、昭和45年(1970年)5月、任意団体であった全国漬物協会を母体として、中小企業等協同組合法に基づく全国漬物協同組合連合会として設立、さらに、昭和52年4月には、日本漬物卸売組合連合会と合併して、全国の漬物業界を網羅した、現行の全日本漬物協同組合連合会となり、設立以来50年以上にわたり漬物業界の発展に努めてまいりました。
漬物業界の起源
漬物の歴史は他の食品と同様に、形として残らないので、古文書により推定するしか方法がありません。
しかし、中国における3世紀以降の記録、わが国の8世紀以降の記録を調べ、更に現在の世界各地に存在する漬物を見るとき、その系譜はかなり判然となってきます。
そして漬物は中国の古文書記載の物が、わずかに手を加えられただけで、現在の漬物として存在していることに驚かされます。
更に、日本における変遷を見るとき、漬物自体は古文書からの変化は少なく、むしろ漬物工業の発展した昭和中期以降に、大きな転換があった事がわかります。
漬物の市販品は江戸期に始まりますが、第二次世界大戦末まで梅干、たくあん、べったら漬、福神漬、古高菜漬ぐらいで、まだ食品工業の形になっていませんでした。
戦争が終わり、日本の家庭環境、家族構成が変わり、親が漬物の漬け方を子に教える事がなくなり、市販漬物が興隆してきます。そしてプラスチック包装、加熱殺菌、低温利用や調味料の発達、流通経路の確立で低塩美味の漬物が完成し、漬物工業は完成します。

日本の漬物文化は千年以上の歴史を持つ
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『宝船桂帆柱』
昭和期
戦後の復興とともに漬物産業が復興するなか、高度経済成長期には漬物の消費が拡大し、品質基準の整備や人材育成の基盤づくり進められました。
その中で、業界全体の結束と品質向上を目指して全漬連が設立されました。
高度経済成長期は漬物業界にとっても大きな転換期で、経済の急成長に伴って、食品の大量生産、大量流通の仕組みが構築されていきました。
漬物もまた、家庭で漬けるものものから、買うものへと変化し、スーパーマーケットの普及とともに市場は急速に拡大していきました。
この拡大期に全漬連が果たした最大の役割は、消費者が安心して漬物を購入できる環境を整えることで、業界全体の信頼向上と市場拡大の好循環を生み出しました。
平成期
平成に入り、バブル経済の崩壊は、漬物業界にも大きな影響があり、消費の冷え込みに加え、食の多様化により、伝統的な漬物の消費量は減少に転じました。
このような状況の中で、品質へのこだわりや地域特性を武器にブランド力を高め、高付加価値への道を切り開いてきました。
また、平成24年には白菜の浅漬けを原因とするO-157が発生し、業界の衛生管理に対する社会の目は一層厳しくなりました。
この事案により、食の安全・安心への社会的関心が高まっていく中、全漬連がHACCP導入支援を加速させる契機となり、あわせて、食品表示の適正化に積極的に取り組みました。
さらに、平成25年に設立した漬物製造管理士・技能評価試験制度は、全漬連の歴史における画期的な出来事で、漬物製造に関する技術・知識・衛生管理を体系的に認定する制度は業界初であり、漬物造りを、「職人の経験と勘」だけに頼るものから、科学的裏付けのある技術体系へと発展させる大きな一歩となりました。
その他に、漬物のイベントを通じて、消費者への普及活動を強化してきました。
令和期
令和2年からの新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、漬物業界にも大きな影響がありました。飲食店の営業制限による業務用需要が急激に減少した一方、「巣ごもり需要」により家庭漬物の需要が増大し、前年比4%増と好調でした。
全漬連では、コロナ禍における雇用調整助成金等の公的支援策の情報提供なども迅速に対応してきました。
さらに、それまで対面で行っていた会議等をオンラインに切り替え、デジタル化を推進する契機にもなったところです。
また、令和元年からは、漬物製造業が外国人技能実習制度の適用業種となり、全漬連が漬物製造分野における技能実習の適正な実施を支援するとともに、技能評価試験の実施機関としての役割も担っているところです。
平成6年の制度改正により、令和9年度からは、従来からの外国人技能実習が「育成就労制度」へと移行し、全漬連では移行に伴う情報提供等を行っていきます。
