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大正年代に信州山葵同業組合や戦前に早漬沢庵の任意団体はあったが、昭和17年6月県下の漬物業者を網羅して長野県漬物工業組合を設立したのが本県漬物業界結集の起点である。その後一時国策により統制組合となったが、戦後統制経済の解除により昭和22年8月商工組合法による協同組合に改組したこの時、多数の脱退者があった。更に昭和24年12月長野県漬物工業協同組合に改組した。昭和32年同組合を母体として、組合員外の業者とともに業界の団結と本県漬物振興を図るため長野県漬物協会を設立したが、昭和46年信州漬物協同組合を設立し、同年9月に既存の組合と連合体を組織して、協会を解散し、長野県漬物協同組合連合会を創設、名実共に県下の漬物製造業者を一本化した法人組織となり、昭和47年4月全国漬物協同組合連合会へ加入した。その後昭和59年10月連合体を単位組合に改組して今日の長野県漬物協同組合となった。
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